スタートアップにダイバーシティは必要?
事業フェーズとダイバーシティについて
ある人事担当者が集う会で、スタートアップ企業の人事責任者の方が「弊社はダイバーシティにも非常に力を入れております」と仰っていました。
最初は、今の時代はスタートアップもダイバーシティに力を入れる時代なのだなといった所感だったのですが、なにか心に引っかかるものがありました。
経営リソースが必ずしも潤沢では無いスタートアップにおけるダイバーシティの優先順位はどうなのだろうか、もし仮に低いとするならばどのフェーズから拡充していくものなのか、俯瞰的に検討してみたいと思います。
ダイバーシティ&インクルージョンに抱く印象
昨今SDGsを中心とした企業の社会的責任に対する要請が高まってきており、その中の重要テーマの一つとしてダイバーシティ&インクルージョンが取り上げられる機会が増えてきています。
企業としても日本の男性労働人口が横ばい・減少するなかにおいて、就労者の維持獲得のためにより多様な人材や働き方への転換が進んでいます。ただ、ダイバーシティ&インクルージョンという言葉は聞いたことはあるものの、具体的にどのようなことを指すのか深く考えたことが無い層がいる一方で、Z世代と呼ばれる若年層ではもはや常識となっていたりと、その言葉の理解には大きくばらつきが見られます。また、経営者や人事担当者の間でも、多様性を積極的に促進していくべきと考える方は増えてきているものの、未だにその導入・促進に対する価値を見出せずにいる方も多いのではないでしょうか。
そこで、ダイバーシティ&インクルージョンとは何かという振り返りをしつつ、ともすると思考停止して単に促進すればいいという考えに対して筆者なりの見解を提示できればと思います。
多様性の正体「3つの多様性」
ダイバーシティとは多様性を意味しますが、多様性には様々な種類があり、一般的には大きく以下の3つに分けることができます
① デモグラフィーダイバーシティ
一般的にダイバーシティと言われたときによく想起される多様性であり、性別、国籍、年齢などの「属性」としての多様性を意味します。外見的ダイバーシティとも呼ばれ、比較的誰にでも判断しやすい多様性のことを指します。
企業としても分かりやすいダイバーシティのカテゴリであるため、企業においても積極的に対策が取られ始めている領域です。男女雇用機会の均等、グローバル採用、年功序列の廃止と中途採用の増加などといった施策が取り入れられています。
② タスクダイバーシティ
タスクダイバーシティとは、能力、経験、知識など「実力」としての多様性を意味します。デモグラフィーダイバーシティの外見的多様性とは反対に、内面的ダイバーシティとも呼ばれ、見た目だけは判断することができません。
これまで終身雇用・年功序列の日本企業においては社内異動を通じて企業内でこの多様性を担保してきました。それでも一定程度の多様性は作り出せるものの、事業環境が大きく変化していく中において、自社の人的リソースだけで多様性を担保することには大きなリスクを伴うようになり、近年では中途採用で様々な事業領域や専門分野におけるスペシャリストを採用するなどして、タスクダイバーシティを確保する流れになってきています。
③ オピニオンダイバーシティ
オピニオンダイバーシティとは、組織に所属する人々がそれぞれの意見を持ち、それを自由に発信されている状態のことです。デモグラフィーダイバーシティやタスクダイバーシティは「個」に多様性を求めたのに対し、「組織」が個の多様性をどう活用するかという観点となります。
人はそれぞれ多様なバックグラウンドを有しており、それぞれに異なる意見を持っています。たとえ対立した意見を持つ社員同士でも、お互いに率直に意見をぶつけ合いながら、妥協では無く意見を高いレベルに昇華していく関係性が社内に出来上がっている状態が理想的です。
大企業におけるインクルージョン
インクルージョンとは、上述した多様性を組織の中に内包し、活用していくプロセスのことを指します。大企業では既に確立された組織文化、社内プロセスがあり、一定基準を満たした社員がいる状態です。そういった大企業では、インクルージョンのフェーズにおいては、これまであまり注力してきていなかった新たな多様性を追加、着目することとなります。そのため、デモグラフィー→タスク→オピニオンという順番でインクルージョンの施策が展開されていきます。
スタートアップにおけるインクルージョン
一方で、スタートアップにおいては下表で示すとおり、プレシーズ期には高い能力を有する個を採用することで最初にオピニオンダイバーシティが確立されます。事業フェーズが進むにつれて、各機能が複雑化・高度化していくためタスクダイバーシティが重要となり、中途採用で専門性の高い人材を採用するようになります。そして、最終的に新規事業を生み出すフェーズになると、デモグラフィーにおけるダイバーシティを担保することで、新しい事業を生み出す基盤を確立していくこととなります。
大企業では多様性を社内で担保するという考えであるものの、スタートアップにおいては多様性はマーケット全体で担保されるものであり、スタートアップ個社の初期フェーズにおいてはデモグラフィーダイバーシティは重要視する必要が無いというのが筆者の考えです。逆に初期フェーズからデモグラフィーダイバーシティを重要視しすぎると、スタートアップの強みである尖りや機敏性を失うことになりかねず、とても危険なアプローチだと考えます。
最後に
ダイバーシティ&インクルージョンは企業側でも一定のニーズがあり取り組んでいる企業が増えてきているものの、まだまだ圧倒的に社会的要請に応えるためのチェックリストを消化するために実施している企業が多いのも実態だと感じます。
社会的要請に応えるための施策は得てして思考停止しがちで、一般的によいと言われているものを取り入れることとなりがちです。しかし、冷静に自社の状況を分析し、自社に合った施策を導入することで、大きな業績向上につなげることができます。そういった取り組みが広がることを期待しています。
筆者紹介
JT International People & Culture Manager
植田拓也 Takuya Ueda
東京大学大学院在籍中に人材系ビジネスにて人事責任者を経験したのち、ビジネスサイドの経験を積むため日本マクドナルド社に入社。
マーケティング本部、財務本部にて経験を積む。その後人事へキャリアを戻すことを決意し、外資系人事コンサルティングファームであるヘイコンサルティンググループに参画。経営戦略と人事戦略の連動を主な得意領域としてコンサルティングサービスに従事。
その後、事業会社の人事へ転身。BATJ社にてHRBP(ビジネスパートナー)、日本たばこ産業社にて、全社プロジェクト及び役員人事・報酬業務を担う。現在は、ジュネーブのグローバル本社にてプロジェクトPMO及びグローバルタレントマネジメントを担当中。