転勤は個人のキャリア構築/企業の人材マネジメントに必要か?

2021年8月10日 コラム

働き方改革、ジョブ型雇用、リモートワークなどの議論が活発化するなか、日本の企業で当たり前とされてきた転勤(転居を伴う異動)の意義を問う議論が行われるようになっています。
転勤への見方は、「成長につながる」と肯定的に捉える見方、「住む場所の自由が奪われる」と否定的に捉える見方など、人により様々でしょう。
今日において、転勤は個人のキャリア構築や企業の人材マネジメントに必要か、考察していきます。

転勤は何のためにあったか

転勤がある企業の多くは、全国に支店を持つ大企業です。グローバルに展開する企業では、国をまたぐ(跨ぐ)転勤もあります。

企業は、「個人のキャリア構築」と「企業の人材マネジメント」の両面から社員を異動させ、組織の活性化を図ってきました。

個人のキャリア構築

社員が特定の地域だけで働き続けるのではなく、様々な地域で経験を積むことは、視野が広がり、幅広い人間関係が構築され、成長につながりやすい、とされてきました。「様々な経験を積んでもらう」という考えでの転勤は多く行われてきました。
昇進や昇格という目的で、支店長を務めるための転勤、新事業のためのチームに加わるための転勤も行われてきました。
大手転職会社「エン・ジャパン」が2019年に1万人を対象に行った調査によると、転勤経験者が転勤してよかったことは、「人間関係が広がった」(55%)、「自身の能力が向上した」(39%)、「業務範囲が広がった」(37%)でした。

エン・ジャパンの調査による、転勤経験者が転勤して良かったこと(複数回答可・年代別)

企業の人材マネジメント

多くの人は、特定の部署に定着することで戦力となりますが、長くとどまり過ぎると代わり映えのない業務にモチベーションを維持するのが難しくなります。
高いコンプライアンスが求められる業種では、異動がないことで、部署の腐敗や硬直化、利害関係者との癒着が起きるリスクも指摘されてきました。
転勤には、マンネリ、腐敗、硬直化、癒着を打破する効果がある、と考えられてきました。また、特定の部署での欠員補充のための転勤、現在の部署で能力を発揮できていない社員を別の部署に異動させるための転勤も行われてきました。

指摘される転勤の弊害

しかしながら近年、転勤をめぐる様々な弊害が指摘されるようになりました。「社員の離職につながる」「社員の家庭生活が混乱する」「女性の活躍の妨げ」「社員間の不公平感」「転勤に伴うコスト」などです。

社員の離職につながる

転勤が難しい事情があるにも関わらず転勤の辞令が出た場合、社員が転勤を拒否し、離職を選ぶケースがあります。そうなれば、その社員が身につけてきたノウハウや技術力も失われることになります。
「エン・ジャパン」の調査によると、回答者の6割が「転勤は退職のキッカケになる」と回答しました。
転勤拒否の理由は、20代は「新天地に慣れる大変さ」、30代は「子育てへの影響」、40代は「親の介護への影響」でした。

社員の家庭生活が混乱する

社員が住宅を購入したものの、転勤の辞令が出た場合、住宅を手放すか、単身赴任をするか、いずれかの選択をします。
単身赴任を選んだからといって一概に家庭生活を維持できなくなるとは言えませんが、二重生活になる経済的負担や、家族への精神的負担が重くなりやすいです。

女性の活躍の妨げ

かつての時代と異なり、女性社員が結婚・出産後も働き続けることが浸透してきました。ですが、結婚した女性社員が夫の転勤に同伴するために退職せざるを得なくなるケースがあります。
「転勤を前提とした男性の働き方は、女性が専業主婦となって支えることを前提としており、女性活躍の妨げになる」という声が上がっています。

社員間の不公平感

転勤を当然とする企業では「社員は転勤を通じて成長すべき」という考えが根強いことがあります。しかし、自身の持病や障害、家族の介護その他の事情により、転勤が難しい社員はいます。
やむを得ない事情で転勤が難しい社員は、転勤がないように配慮される場合もあるものの、転勤を経験した社員に比べて、多様な経験を積みにくく昇進しにくいことがあります。また、転勤を経験していない社員が、まるで「楽をしている」「転勤したくないとわがままを言っている」かのような誤解を受けることもありえます。
このように、転勤をめぐって社員間に不公平感が生まれてしまう問題もあります。
近年は、従来通りの全国転勤を前提とする正社員とは別に、転勤を伴わないことを条件にする「地域限定正社員」制度を導入する企業も現れました。しかし、全国型正社員と地域限定正社員の間に、こうしたわだかまりが生まれているケースもあります。

転勤に伴うコスト

企業が社員を転勤させるとなると、転勤先までの交通費、引っ越し費用、社宅提供、生活必需品の購入費用など、多岐にわたる費用を負担します。社員が単身赴任になれば、単身赴任手当も必要になります。
転居を伴う異動が毎年何十人以上という単位で行われる場合、コストは膨大なものになり、計算も煩雑になります。

転勤は今後どうなるか

今後、日本の企業の転勤制度はどうなっていくでしょうか。
転勤を当然とする考えは、年代が若くなるほど抵抗感を示す割合が高くなる傾向になっています。少子化による人材不足が進行するなか、新卒採用がますます困難になるという意見、女性の活躍の妨げとなるという意見、日本企業のサラリーマンとはキャリア観の異なる外国人材を獲得しづらくなるという意見もあり、ダイバーシティ経営の観点からも見直しが求められています。

2021年に経団連が呼びかけた、ジョブ型雇用の導入。これにより、「転勤のあり方が変わる」という見方もあります。本人の意思と関係なく行われる転勤は、「終身雇用を保障してもらう代わりに、会社への滅私奉公を求められる日本型雇用の象徴」と称されることがあります。一方で海外企業では、本人の意思と関係なく転勤の辞令が出されることは通常なく、転居を伴う異動があるのは、本人が勤務地の異なるポストに異動を希望して承認された場合です。日本企業でもジョブ型雇用の導入が進めば、海外企業のように、本人の意思と関係なく行われる異動が減っていくことが考えられそうです。

さらに、コロナ拡大でリモートワークが進んだことも、転勤をめぐる議論に影響を与えています。リモートワークが進んだ企業では、転勤の必要性がますます疑問視される見方が広がるでしょう。リモートワークを前提に、社員が自らの意思で地方に移住することを認める動きもあります。リモートワークにより、女性社員が夫の転勤でキャリアを中断せざるを得なくなることも減っていくことも期待されています。

近年は「大手企業が転勤を廃止」というニュースが聞かれるようになりました。しかしながら「若い世代が転勤を望まず廃止の必要性が指摘されているが、上層部が転勤を懐かしむために廃止されない」というケースも聞かれます。
転勤を廃止した場合、社内の流動性はどうなるでしょうか。多くの日本企業では、新卒一括採用が中心で中途採用は多くありませんでしたが、転勤が社内の流動性を高めていたところがありました。しかし近年は日本企業でも、終身雇用の考えが薄れ、中途採用が増えました。中途採用も盛んに行われていれば、社員を転勤させなくても社内の流動性を適正に確保できます。

転勤をどう位置付けるかは、それぞれの企業の事情により様々でしょう。しかし現行の転勤制度が、社員のキャリア構築や企業の人材マネジメントに効果を発揮しているかどうかは、検証が必要なこともあるでしょう。特に「本人の意思に反した転勤」には一層慎重になるべきでしょう。
転勤について、社員がオープンに意見を言いやすい環境を作ること。見直しの必要性はトップが率先して示していくこと。そうしていけば前に進みやすいのではないでしょうか。

筆者の経験

私事ですが、筆者は転勤族の家庭で育ち、数回の転勤を経験しました。当時、両親には色々苦労があったことを想像しています。一方で、様々な土地に住み、結果として楽しかったこともありました。

コラムでは転勤による弊害が指摘されていることを書きましたが、「転勤族はかわいそう」(これもありがちな見方ですが)と安易に決めつけることはできません。ただ、「転勤には家庭を崩壊させてしまう力もある」ことも忘れてはなりません。

私が社会人になってからは転勤したことはありません。しかし最初に正規就職した組織では、転勤を経験することなく管理職に昇進するケースはほぼなく、そこへの違和感はありました。その後、外資系企業に転職し、ジョブ型雇用やダイバーシティ&インクルージョンに出会いました。管理職への昇進には転勤の回数は関係なく、パフォーマンス次第です。本人の意思に反した転勤はなく、しかし国をまたいだ異動にチャレンジする人がいれば応援するカルチャーがありました。日本企業と外資系企業の両方を経験できたことで、転勤に限らず、企業ごとに異なるキャリア構築や人材マネジメントにも関心を持つようになりました。

筆者紹介

fbt

リンクトイン日本2020「最も人を惹きつけるクリエイター10人」/フリーライター

長谷ゆう

学校時代から対人関係に困難さを抱え、大学生で広汎性発達障害と診断される。発達障害や障害者雇用の知見を活かして取材・執筆・翻訳。ダイバーシティ、社会貢献、デジタルトランスフォーメーション、キャリア、SNSに関心。2020年にビジネスSNS・リンクトイン日本版「最も人を惹きつけるクリエイター10人」。